妙見寺ブログ

  • すりこぎ

    2020年02月01日

    二月になりました、皆様いかがお過ごしでしょうか。

    昨年の冬から暖冬ということもあり、妙見寺では一月の終わりに梅が咲き始めました。とても早い梅の花のの開花です。

     

    また気温の変化も大きく、感染症なども流行っており体調を崩しやすい季節ですので十分にご自愛ください。

    さて、次の写真、これは何かご存知でしょうか?

    これは副住職の私がハワイの白人のお檀家様から頂いたものです。よく見てみますとびっくり、「永平寺」と書かれているではないですか。くださった方は雑貨屋でこれを見かけ、お寺に関するものだと思い私にくださったそうです。まさか何げなくくださった贈り物が曹洞宗大本山永平寺で販売されていたものであったことには驚きです。素晴らしいご縁ですね。

    よく観察して見てみますと、これは「すりこぎ」を持ってゴマすりをしている僧侶の人形でした。そしてこのすりこぎの側面には詩が書いてあります。
    「身を削り、人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し」

    これは道元禅師様が作った詩です。この詩の直訳は、自分の身を削ってまで人の為に尽くすことのできる「すりこぎ」に対して感謝できる人はとても尊い。となります。
    この詩に出てくる「すりこぎ」とは他人の為に努力できる人と訳されます。つまり、この詩の意味は「他の人のために一生懸命努力している人たちの苦労を知り、その人たちへ感謝の気持ちを持つことのできる人は尊い」ということです。道元禅師様は人の為に行動できる人も素晴らしいですが、さらにその人の行動に目を向け感謝できる人も尊いと言っているのです。
    例えば食事をする時、皆さんは食べ物に感謝をしていますか?普段私たちの食卓では手を合わせていただきますと言いますね。当然食べ物に感謝をしていただくべきですが、それだけではいけません。
    作ってくれた自分の両親や家族、外で食べるときは食事を作ってくださった料理人の方々、また使用された食材を育ててくださった人たちにも感謝しなければなりません。このような方々に感謝するという行為は、あまりできていない人が多いかもしれません。
    私たちが普段食べているものは豊かな自然、多くの人の努力と苦労があって美味しく食べることができるのです。道元禅師様は食事は大切な禅の修行の一つであるとおっしゃっておられます。食事からも私たちは大切な生き方を学ばなければなりません。またこの教えは食べ物だけではありません。
    私は檀家様に対して法事を定期的に執り行いますが、参加者は檀家様だけでなくそのご親戚またはご友人の方々が集まります。その中で初めて来られた方は、本堂をご覧になられ、なんて綺麗なお寺なんだ!と言ってくださいます。その時、何人かの方は「このお寺は檀家様が熱心に掃除やメンテナンスをしてくれているんですね。いつもきれいなお寺を保ってくれてありがとう」とおっしゃられ、毎週土曜日に掃除をしてくださる方に感謝してくださいました。それを聞いたとき、私はとてもうれしい気持ちになります。人の努力に気づき、褒めたり感謝の言葉をかけることのできる人は素晴らしいですね。努力した方もとても気持ちが良いですね。やってよかったとも思います。
    この詩は私たちすべての人が他人の努力に気づき感謝のできる尊い人になってもらいたいという道元禅師様の願いの詩です。私はこのすりこぎの人形を見るたびにそれを思い出し日々精進して参りたいと思います。他人の努力に気づき、褒めたり感謝のできる人になりましょう。合掌

     

     

     

     

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